平成と私 vol.6

「川崎君が何してるか、知らないんだよね」

この言葉が案外きっかけだったかもしれません。26歳で転職し入った二社目、採用アウトソーシングの会社で、マネージャーとの初めての評価面談で言われた言葉でした。

一社目では、とにかく怒られないために、詰められないために仕事をしていた私が、「誰かのために、何かのために、自分で考えて自分で動いて仕事をしたい」そう思って転職して過ごした半年ほど。先輩について、先輩の指示に則って、自分なりに先輩に報連相をしながら仕事をしてきたはずでした。しかも、ある程度安定感のある仕事をして、ちゃんとやれてると思っていたとき。これまで先輩にしてきた報連相はなんだったんだろう。力が抜けるような感じと、少しの憤りに似た気持ち。

でも、振り返るとこの言葉が、大きな変化のきっかけでした。

この言葉で腐ることなく、「あぁ、先輩に報告なんてしても意味ないんだな。これからは遠慮なく直接マネージャーにがんがん話しかけに行こう。」とすんなり思えたことで、そのマネージャーとのコミュニケーションが格段に増えたのです。

そのマネージャーは、相談しに行くと必ず「川崎君はどうしたいの?」と聞いてくださる方で、そのたびに、こうしてみたいとかああしてみたいとか、正しいかわからないながらに伝えるようになっていきました。どんなことを伝えても、前向きに温かく受け止めて「やってみなよ」と言ってくださる方でしたし、何かあったらどうにかするしどうにかなるから、そんな安心感を与えてくださいました。

たった一人のマネージャーとの出会いで、私は「意思を持って仕事をする」ことの意義と喜びを、こうして知り始めるのです。

さて、採用アウトソーシングとはどういう仕事か、ですが、採用の戦略設計、オペレーションの設計から実行まで、採用にまつわることを、顧客の人事の方々などとともに、全体的に、または、部分的に代行したりする仕事です。普段自社オフィスにいながら訪問を中心に支援したり、常駐して、顧客人事の皆さんとともに席を並べたり、部屋をご用意いただいたりして、ときに顧客の名刺も持って採用の仕事をしたり、新卒採用や中途採用など問わず担うものです。

アウトソーシングというと、どこか下請けのイメージで、言われたことをやる会社と思われることが多いのですが、私がいた会社は、コンサルティングもアウトソーシングの中に含まれるという考え方をしており、考えて動くことまで、必要なことは全部やる考えを持つ人が集まっていました。顧客以上に顧客のことを知る。顧客以上に顧客のことを愛する。そんな頭も心も体もフル回転な迫力ある先輩方がたくさんいて、しかも皆さんとても熱く、真剣で、それでいて、緻密なオペレーション設計や遂行、データ分析など、クールヘッドが求められる仕事も大切に捉え取り組まれていました。比較的草食な会社ではありましたが、そんな中でこんな素敵な皆さんの中で叱咤激励を受けながら、仕事の喜びを知っていったと思えています。

特に、私は人前に立つ仕事に興味が強く、やっぱり採用の仕事をしているからには、早々に面接官や説明会のプレゼンの代行ができるようになりたいと思い、あれこれ手を挙げました。面接官トレーニングを受ける機会も与えてくださり、力をつけることができました。

そのなかで、バチンと音が聞こえるかのように、自分ごととして仕事をする喜びと実感を得られた経験をします。

経営者がとても有名な、急拡大しつづけるIT企業の新卒採用のご支援で、先方の人事の方と一緒に大阪、東京の大規模合同説明会をまわり、プレゼンをするというものでした。

一緒に回った方は、私よりも年下の24歳の人事の方。彼が学生さんに語るプレゼンは、あたかもその経営者が乗り移ったかのように、とても思いが乗っていて、わかりやすくて、そして学生さん一人ひとりを向いて誠心誠意伝えていて、隣で見ていた私の心も強く動かされるものでした。こんなにもこの会社が好きなのか、その経営者のことも、事業の描く未来のことも、そこにどれだけ意義を感じて、愛と熱さを持って仕事をしているのか。それまで意思を殺して、自分なんてものを持たずに、ただどうにか日々何もなく過ぎ去ってくれとだけ願い過ごしてきた自分との、この差は何だろうと、目頭が熱くなったことを、今でも忘れません。自分はまさに、彼のように仕事がしたかったのではないか。彼とともに回るプレゼンで、恥ずかしい仕事はしたくない。彼以上のプレゼンをしてやるのだと、スイッチが入り、全身全霊でプレゼンをしつづけました。

その合同説明会が終わったあと、その彼から、飲みに行きましょう!とお誘いいただき、人生で初めて顧客と飲みにいく経験をした私。(前職では営業も顧客と飲みにいくことはありませんでした)その場でも会社や事業、その経営者への思いを熱く熱く語ってくださいました。

そして、笑顔で言ってくださった言葉が、

「川崎さんのプレゼン、まじで最高でした。うちの社員以上にうちのことを愛して伝えてくださっていること、本当に嬉しかったです。」

自社のことであれ、顧客のことであれ、自分ごととして本気で愛して成果につなげることは、できるのだということを、根っこの奥深くからわかった機会でした。それは、今もなお、自身の大切な大切な信念となりこの胸に生きています。

その人事の方とはそれ以来お会いしていませんが、きっと私が力をいただいたように、今もどこかで活躍されているのではないかと信じています。

とある会社さんの観光地での現地スタッフ採用のプロジェクトでも、来るはずの顧客社員さんが来ないから全部自分だけでやるとか、宿がキャンセルされてて泊まるところがないとか、人が集まってるのに実は採用中止になったからぼちぼちそれっぽくやってくださいと説明会前に聞かされるとか、鳥羽の海を眺めて途方にくれてビール飲んだり、城崎温泉のお祭りに遭遇して嬉しかったり、飯田でご飯食べたら花火があがってたりもあったな。。。

27歳とかで、初めてお客さんと飲みに行ったり、出張したり、出張先でのトラブルとか、そんなちっぽけなことで喜んでるのかと思われるかもしれませんが、それがそのときどれだけ嬉しかったか。あの気持ちは、喜びは、慣れることなくずっとこれからも大切にしていきたいと思っています。

そんなふうに、たくさんの素晴らしい自社の人々だけでなく、素敵なお客さんに恵まれて過ごしていきました。

そんななかで、自身がプロジェクトマネージャーとして担当させていただいたとある外資のお客さま。新卒採用の企画から実行までトータルにご支援をしていた案件でした。寝ても覚めてもそのお客さんの採用がどうすればうまくいくかを考えていました。人事の皆さんもとても真剣で優しい方々で、優しい方々で、でも真剣で、アポに行くのが毎回楽しみで。そこの採用は規模があったため、採用関連サービスを持つ様々な企業が関わっていました。(R社とかL社とか)

そんな様々な企業の営業担当者の方々と、初めは競合としてお互いに敬遠していたのに、徐々に立場は違えど一緒にそのお客さんのために何ができるかを考えあう仲間となって、お互いの会社に行って議論したり、お客さんのマネージャーも交えて宅飲みをしたり、いろんな立場のいろんな人が力を合わせたら、できることがダイナミックに広がって、楽しくなるんだということをも知ることができました。所属する会社や組織の壁は、自分の外側にあるのではなく、自分の内側にあるのだなと、そう思うようになった経験でした。

そのプロジェクトが終わりにさしかかるとき、前述のマネージャーから呼ばれました。

「自分がここのマネージャーではなくなることになった。川崎君はまだここで仕事し続けたい?実は某社の案件のプロジェクトマネージャーをやってみないかと思ってね。」

それは初めての常駐型で、これまで自身が携わってきた案件よりもはるかに規模も採用予算も大きく、難易度と複雑性の高い案件で、前まで自社の中でもとても優秀で経験豊富な方がプロジェクトマネージャーをされていた案件でした。

ビジネス職やらエンジニア職やら、いわゆる一流大学と高専からの200人の新卒採用、社員のリクルーターが600人それぞれの出身大学を担当して動き回り、採用広報の予算も大きく、採用関連サービス企業が群がる人気大企業。ガチガチに堅い文化のある、ベンダーを見る目の厳しいIT通信の企業。

「やります。」

そう答えた私は、その後壁にぶつかる日々を過ごすことになります。

2010年(平成22年)のことです。

(つづく)

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キャリアカウンセリング、採用支援、エージェント育成支援などを行っています。

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